
なぜ今、この短劇が刺さるのか
最近の短編ドラマは、ただ怖いだけのホラーでは物足りない。
視聴者が求めているのは「ルールがある恐怖」と「抜け道を見つける快感」だ。
無限の冥銭を持てば鬼でも働くがうまいのは、
鬼が自由に人を殺せない世界観を最初から提示している点。
恐怖は制限され、代わりに支配するのは“金”。
命より金が強い世界。
この設定自体が、現実の息苦しさと妙に重なってくる。
テンポは早く、1話ごとに必ず状況がひっくり返る。
考える暇を与えず、「次」を押させる構造が今の視聴体験に合っている。

ストーリーより、火種になった瞬間
物語の軸はシンプルだ。
怪異が降臨し、人心は崩れかけている。
だが世界には絶対的なルールがあり、鬼は規則の中でしか動けない。
ここで主人公・張偉が選ぶのが、正面突破ではなく“取引”。
しかも重生後の開幕で、彼は女鬼を壁ドンする。
この瞬間、空気が変わる。
恐怖の対象だった存在が、一気に交渉相手へと格下げされるからだ。
万億単位の冥銭を手に入れた張偉は、
力で支配する側ではなく、「使われる側を選ばせる側」に回る。
同系統の短劇が復讐やバトルに走りがちな中、
この作品は一貫して“選択”の重さを描いている。
もしこのルールが現実にあったら
鬼を「制度」や「組織」に置き換えると、
この世界は急にリアルになる。
ルール内では傷つけられないが、
生活はじわじわ追い詰められる。
金を持つ者だけが、恐怖をコントロールできる。
張偉が冥銭を稼ぐ過程は、
正義感よりも現実的で、時に冷酷だ。
「正しいか」より「生き残れるか」。
この判断基準、どこかで見覚えがないだろうか。

本当に描いているのは、鬼でも金でもない
無限の冥銭を持てば鬼でも働くが突きつけてくるのは、
人がどこまで条件付きの優しさを選べるか、という問いだ。
冥銭があることで救える命もある。
同時に、冥銭があるから踏み越えられる一線もある。
張偉は善人ではない。
だが完全な悪でもない。
この曖昧さこそが、
今の社会をそのまま切り取っているように見える。
答えは用意されていない。
視聴者が自分の立場を重ねる余白だけが残される。
最後まで見たくなる理由
この短劇は、恐怖で引っ張らない。
快感で誤魔化さない。
一話ごとに「次はどう振る舞うのか」を考えさせ、
気づけば張偉の判断を追いかけてしまう。
特に中盤、
冥銭で救ったはずの存在が、別の形で牙を剥く展開は忘れがたい。
もし無限の冥銭を手にしたら、
あなたは何を守り、何を切り捨てるだろうか。

視聴するならここから
短い時間で世界観に沈み込める一本だ。
続きが気になったなら、netshort appでそのまま一気見してほしい。
同じ空気感の短編ドラマも多く、
気づけば次の世界に迷い込んでいるはずだ。
重くなりすぎないのに、後に残る。
そんな一本を探しているなら、ちょうどいい選択だと思う。

